ARCHIVE#02 編集者にできるたった一つのこと

(この記事は2022年当時の内容です)

ライフスタイル出版部

白川 恵吾

1988年生まれ。商業デザイナーの父の影響でクリエイターに憧れて育ち、大学では美学美術史学を専攻。新卒で某出版社に入社、コミック営業からコミックエッセイ編集部へ。2019年に文藝春秋に入社、CREA局ライフスタイル出版部に配属。好きなものはセキセイインコ。

つづ井さんと私 つづ井さんと私

文藝春秋は「小説」と「ジャーナリズム」の会社というイメージが強いかもしれません。ですが、実はコミック作品の出版もどんどん増えています。
ここでもつねに「人」がテーマ。自分の言いたいことを、自由な心持ちで伝える――という基本精神は変わりません。

マンガ家と編集者はどう作品をつくりあげていくのか、「つづ井さん」シリーズの編集者・白川が語ります。著者のつづ井さんに、イラストでコラボしていただきました!

Section #01 「つづ井さん」との出会い

累計50万部となったコミックエッセイ『腐女子のつづ井さん』『裸一貫!つづ井さん』。出会いは2014年ごろ、Twitter上の絵日記でした。ボーイズラブを好む“腐女子”であるつづ井さんと、友人たちの日常が描かれていて、電車内で見かけた隠れ腐女子に共感したり、マスキングテープを壁に貼って“推しキャラ”の身長を比べたり。奥ゆかしくも、ものすごく想像力豊かに毎日を楽しんでいるんですね。

当時の私はコミック編集者になって2年目。大学では「芸術とは何か」を考え、ひととおりのカルチャーは見知った気になっていたのですが、こんなにも沼が深くて熱量の高い世界を知って衝撃を受けました。さらにそれが内輪受けでなく、一般の人に伝わるように面白く描かれているのが素晴らしいな、と。

絵日記を見つけて2、3日で連絡をしたのですが、すでにいくつかの出版社から書籍化の声がかかっていました。でもつづ井さんは、まだ就活中の学生で、各社からの誘いを「ネットって怖い…悪い大人に騙されるかも」とお断りされていたんです。

Twitterでそう呟かれていたのもあって、私は最初のメールに、顔写真入りの社員証と、名刺と、愛用のセキセイインコのペンケースの3つを並べた写真を添付していました。ここにいるのは“出版社”ではなく、“人間”ですよ、と信頼してほしくて。

そして、なぜこの絵日記がいいと思うか、つづ井さんの絵が好きであること、さらにこの絵日記を出版することの社会的な意義について、私の個人的な経験もふまえながら丁寧に伝えました。そこから直接のやり取りがはじまり、「白川さんが腹を割ってくれたので、私も腹を割ります」と言ってもらえて、二人三脚の作品づくりが始まりました。

Section #02 いつも「人」がテーマ

コミックエッセイは特殊なジャンルで、「作家=主人公」なんです。面白い体験をもっているか、ごく普通の日常を面白く切り取れる視点がある方ばかり。ですから打合せは、その作家さんの人間まるごととのお付き合いです。

連載をはじめるころは、つづ井さんと週に何時間も電話で雑談をしました。つづ井さんと友人たちが、鼻の穴にイヤホンをいれてBLのCDを再生し、自分の口から声優さんの声を出してみるとか、「恋人がいそうなクリスマス選手権」を開催して架空の彼氏からのプレゼントを競い合うとか、クリエイティブすぎる日常をきいて(笑)。でも、もっとささいな出来事にも「それはマンガにできそうですね~」「えっ、そうですか? 普通の日常すぎて気づかんかった……」という要素があるので、そのヒントを一緒に見つけ出す感じですね。そこから漫画のネームを描いてもらい、掲載作品へと仕上げていきます。

打合せのなかでは、ご友人やご家族の近況を伺いつつ私のプライベートも話しますし、つづ井さんがとても奥ゆかしい方なので、どうすれば身バレを防止できるか(メディア出演時は着ぐるみ+ボイスチェンジャーが基本になりました)とか、税理士さんの紹介まで、なんでも相談にのります。

ですから編集者は、「人」に関心がある人がむいていると思います。よく「人間観察が好き」という方がいますが、観察という距離感ではなく、もっと深く分け入って、心にタッチする。作家さんが内に抱えているものに、しっかりコミットするという覚悟かもしれません。

Section #03 「もう自虐はやめます」にいたるまで

こうして『腐女子のつづ井さん』を3冊出したあと、新シリーズのタイトルは『裸一貫!つづ井さん』へと変わりました。実はつづ井さんの内面に大きな変化があったんです。「もう自虐はやめます」と。「腐女子のつづ井さん」を執筆されていた頃、職場の人たちと話を合わせるために、オタクで未婚女性で……という自分の属性にたいして、無意識に先回りの自虐をしてしまい、円形脱毛症になってしまったそうです。『裸一貫!』の打ち上げの焼肉屋さんでそう聞いたとき、お肉を前にして、2人で号泣してしまいました……。

このことをつづ井さん自身がnoteに書いた記事「裸一貫!つづ井さん」についてちょっと真面目に話させてくんちぇ〜には、大きな反響がありました。
〈「未婚で」「パートナーがおらず」「恋愛経験が極端に少ない」「女性」であることに関して自虐をするのは、もうやめようか令和、と思った〉という言葉が、この時代の、さまざまな“呪い”に苦しむ読者の共感をよんだのだと思います。

また、編集者の私について、こう書いてくださいました。
〈こういった私の考えの変化を、言わずとも理解して下さっていたのが担当編集さんです。ネームの段階で、いつも私より敏感に「このモノローグはつづ井さんの本意ですか?」「体裁を整えるためにこの表現になっていませんか?」(意訳です、もっと優しく穏やかな物言いの方です)と丁寧に指摘してくださいました〉

つづ井さんと私の、長年の信頼関係への言葉として、こころに染みました。たしかに『裸一貫!』のプロローグを描くとき、いつもネーム一発OKのつづ井さんには珍しく3~4回やり直したんです。周りが婚活しろとうるさい、という現況だけを描くとか、結婚ラッシュの中、残った友人はオタクの精鋭ばかりだ、とかは「なんだか違いますよねえ……」と二人で悩んで。その結果出てきたのが、同級生の結婚&出産ラッシュで、周囲から「ちゃんと将来考えなよ〜」といわれても、
「特にな~んとも思ってませ~ん ピッピロピ~~」
「ただただ毎日生きるの楽しい~~」

というモノローグです。あ、つづ井さんの本心にたどりついた、という実感がありました。それで、タイトルも『裸一貫!』、英語で「Independent Woman Tsudui」を提案したんです。

でも編集者としては、ひとつの商業作品として書店に並んだときに「腐女子」という強いフックがなくなるので、帯に「アラサー×おひとりさま×オタク=毎日生きるのがたのしい~!!!」と“属性”を書いちゃってます。今の社会ではマイナスにとられがちな属性でも、掛け合わせるとプラスになるという意味をこめたつもりです!

Section #04 WEBも、紙も、グッズもつくる

「つづ井さん」をはじめ、CREA WEB「コミックエッセイルーム」で連載している作品は、紙の本として発売する前提でつくっています。理由のひとつはビジネス面で、まだWEB連載のPV広告収入では足りませんし、電子書籍はタイトル買いなので多くのものに埋もれがちです。紙の本は、書店さんの力もあって、ヒットしたときの爆発力が違います!

もうひとつの理由は、紙の本はいまやファングッズでもあること。電子書籍は情報のみですが、紙の本はモノとして「本棚に置いておきたい」と思ってもらえる。『裸一貫!つづ井さん』の装丁は、パール紙という光沢のある紙に、レアな蛍光インクを使いました。高価だしインクものりにくく、印刷所の方にお手数をおかけしたのですが、仕上がりが段違いなんです。そんな風に、ファン目線を大切にこだわってつくっています。

グッズ展開も、積極的にかかわっています。権利関係などは専門の部署に確認してもらいますが、きちんと作品のテイストを守りつつ、その世界を外にひろげていくのも編集者の役割です。販促グッズとしては、書店さん別の特典ポストカードや「オタクの願掛け千社札シール」をつくり、これには営業を経験して、書店さんが何を求めるかを知ったことが役立ちました。さらにはアパレルメーカーとのコラボで、絵日記の中でつづ井さんが着ている「HAPPY」Tシャツやワンピースまで誕生して、3度完売したんですよ。広尾のおしゃれなビルで、おしゃれの極みのようなバイヤーさん相手に「ふつうのマンガグッズではなく、ポップカルチャーのアイコンとして……」とか力説して(笑)。メーカーの方ものってくださって、なんと「HAPPY」Tシャツはつづ井さんの実寸サイズに! つづ井さんも「実感度がすごい。すべての推しグッズで出してほしい!」と喜んでくれました。

Section #05 自然体でいくしかない

編集者にどんな人が向いているかといわれると、「隙がある人」でしょうか。真面目一辺倒ではなく、自然に雑談ができて、人好きすると理想的。でも「人たらし」を狙っていくと、あざとすぎる(笑)。難しいところですよね。

私自身の就活も、真面目にとりつくろった姿では何社も落ちたのですが、「面白がらせてね」と無茶ぶりする面接官から「最近、周りで流行ってるものは?」ときかれて、「えっ。大学の先生のモノマネです……」と実演した会社に受かりました(笑)。別にモノマネは必要ないですが、思わず素の自分が出たのが、よかったのではないかと。

そもそも、作家のみなさんは、面接官よりずっと鋭いですから、とりつくろってもすぐに見抜かれます。自然体でいるしかないんです。

文藝春秋の社風は、「大学のサークルみたいな会社」とうわさに聞いていたとおりでした。先日も夜遅くに、局長とCREA編集長とCREA WEB編集長が「それやりましょうよ~」とキャッキャと笑いながら話していて、なんだか文化祭の前夜みたいでした。総合出版社なのに社員が350人程度と顔がみえる関係なのも、自然体で働きやすいと思いますよ。

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